ノムラモミジの赤が綺麗ですね。
この一角は士大夫(貴族)の屋敷に倣って作った朝鮮後期の接見室
演慶堂
朝鮮第23代王、孝明世子が純祖28年(1828)に当時の士大夫(朝鮮時代の上流階級)の家を真似て昌徳宮の中に作った120軒の民家形式の建物です。男性が生活をする舎廊棟(サランチェ)、母屋(アンチェ)、本を保管していた善香斎(ソンヒャンジェ)など男女別の小部屋に分かれています。
(以上ソウルナビより)
後苑はとても広く、歩きがいがありました。

補記
120軒の家というと1戸建が120軒あると思われますが、当時の造りは長屋のようになっていて、1つ1つ部屋のようになっていて、賤民が暮らしていたみたいです。





この記事へのコメント
hanasaku
120軒もあるのですか!
男女別に暮らしていたのですね。
いったい何人住んでたのかなって考えたら気が遠くなりそうです。
本当に広そうですね!
休憩する場所とかはあるのですか?
goki
流石、王室、百二十軒もの民家形式の
家が有るのですか、広いぃですね
呆れる広さでしょうね、建物が良いです
濡れ縁なども有り屋根と細かい作りを
除けば日本の昔の建物と同じですね。
はるる
でも見どころたくさんですてきなところです。
建物がよくて見応えありますね。
mori-sanpo
これらの建物が、どのような使われ方をしたのか興味がわいてきました。
信徳
イッシー
秋の光景のようですね。
建物も意外とシンプルなつくりで親しみがもてます。
ブルー・ブルー
花が気になります。
こんな建物もあったんですねぇ。
韓国の建物って、なんか日本に近いような気がします。
ミズバショウ
ふりかけ
お写真もとても綺麗です。
どんな暮らしだったのでしょうね。
思いを馳せます。
毎日日曜人
120の部屋がある貴族の館、当時の貴族の暮らしぶりが偲ばれますね、男女が別々に暮らすというのも当時の風習だったのでしょうか、歴史を感じる建物群ですね。
デミ
高貴な人の家の床が紙と何かで固めた硬いもので来ていました
違う文化もあるのですね
気持玉を有難うございました
かるきち
かるきち
かるきち
かるきち
かるきち
かるきち
かるきち
かるきち
かるきち
かるきち
かるきち
peko
絵のようですね^^
ツツジでしょうか?
新緑とピンクと赤い春モミジと
とっても綺麗ですね^^
応援です☆
かるきち