トルコ旅行記 11月20日エフェソス遺跡1

エフェソスにも巨大な遺跡が残っていました。 古典期のエフェソスはアルテミス崇拝で著名であった。エフェソスでは比較的遅くまで王政が敷かれた。哲学者ヘラクレイトスはこの町の出身である。 紀元前356年、エフェソスのアルテミス神殿に放火すれば後世に名が残ると考えて実行した者がおり、このとき神殿は完全に焼尽した。エフェソスの市民は記録にこの男の名を留めまいとして、あらゆる公的記録からその名を削ったが、この試みは失敗し、ヘロストラトスという名が伝わっている。アルテミス神殿は再建され、世界の七不思議の一つに数えられた。 アレキサンドリアの図書館、ベルガモの図書館と並ぶかつての世界三大図書館の一つ、エフェソスのセルシウス図書館の跡地 エフェソスはヘレニズム都市として栄えたが、紀元前2世紀に共和制ローマの支配下に入り、小アジアの西半分を占めるアシア属州の首府とされた。共和制ローマ最末期に第二回三頭政治の一頭として権力を握ったマルクス・アントニウスがプトレマイオス朝エジプトの女王クレオパトラ7世と共に滞在した地で、かつクレオパトラとの内戦で敗北して捕虜となったアルシノエ4世が送られ、そしてアントニウスら2人の意向により殺害された地としても知られている。その後、古代ローマ帝国の東地中海交易の中心となった。現在残るアルテミス神殿の遺構はローマ時代に建てられたもので、巨大な図書館と劇場を備えていた。劇場は当時最大のもので、5万人が収容された。エフェソスの繁栄は港湾によるところが大きかったが、土砂の沈降によ…

続きを読む