京都旅行記 トロッコ列車~宝厳院

今回の京都旅行のメインとして嵯峨野観光鉄道・トロッコ列車に乗ることでした。 姉と1度は乗ってみたいね、などと話していて今回予約。 でもトロッコ列車の予約は争奪戦が激しい。 全席予約指定です。それも予約方法は乗る日と同じ日付の1か月前の午前0時から。 例えば12月4日に乗りたいとしたら11月4日の午前0時からネットで予約受付開始になります。 姉が予約してくれると言っていたので待っていたのですがなかなか連絡がこない。 やっと連絡がきたと思ったら12月4日の最終列車トロッコ亀岡~トロッコ嵯峨が3人席バラバラで取れたと、言うことでした。 それは大変、と私も急いで予約争奪戦に参戦。 なんとかトロッコ嵯峨~トロッコ亀岡最終列車の2人並び席・1人別の席がとれました。 2人合わせて往復のトロッコ列車の予約ができました。 夕方の便ですがライトアップしているというので楽しみでした。 時間になりホームで到着するトロッコ列車を待ちます。 定刻に出発! 動き出したときは反対側に木々のライトアップが見られて私の乗っているほうは何もなくてがっかり。 なんだ、こんな感じなのか…って思っていたのですがある地点からこちら側にライトアップがたくさん見られるようになってうれしくなりました。 撮影は暗くて動いているので難しいのでスマホで動画撮影。 カメラで写しましたが難しい トロッコ保津峡の駅に到着 トロッコ亀岡には約20分…

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京都旅行記 二尊院

圓光寺から次は嵯峨嵐山へ向かいました。 バスと地下鉄・そしてJRと乗り継ぎました。 なぜかというと夕方のトロッコ列車を予約していたので、ちょっと遠いのですが嵯峨嵐山へ。 永観堂も圓光寺も思ったよりも時間がかからなかったので早めに嵯峨嵐山へ行きました。 時間があったので二尊院へ行ってみました。 小倉山の裾野に門を構える天台宗の寺院。本尊に釈迦如来と阿弥陀如来(重文)を祀ることから、二尊院と呼ばれている。嵯峨天皇の勅願により、承和年間(834~848)に創建された。総門から延びる参道は広く、「紅葉の馬場」と称される紅葉は圧巻。本堂前の庭は龍神の庭と呼ばれ、九頭竜弁財天が祀られている。境内は広大で山裾まで伽藍が点在し、その奥には藤原定家の時雨亭跡といわれる場所がある。 二尊院は嵯峨嵐山のにぎやかなところからは距離があるのであまり外人さんは来ていない。 こちらの紅葉は終盤で紅葉の馬場もすっかり葉っぱが少なくなっていました。 庭に鬼瓦も置いてありました。 裏山にお地蔵さまが置かれていました。 逆光でしたが鳳凰が屋根の上に。

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京都旅行記 圓光寺2

応挙竹林を抜けて裏山に登りました。 裏山には徳川家康公の遺言により歯を埋めた墓と東照宮があります。眼下に洛北の市街地が一望できます。 いい眺めでした。 本堂に入る手前に水琴窟がありました。 ここの水琴窟の音は小さくて耳を澄まさないと聞こえてきませんでした。 本堂の横にきれいな襖絵が飾られていました。

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京都旅行記 圓光寺

永観堂の後は圓光寺へ。 圓光寺は、徳川家康が国内教学の発展を図るため足利学校第9代学頭・三要元佶を招き、伏見に学校と木製活字を与え書籍を刊行した。現存する活字では日本最古のものであり、重文に指定されている。 また、本堂前の水琴窟の妙音は拝観者の心を和ませ、庭園の新緑・紅葉は美観を呈している。 圓光寺は予約制になっていました。 13時の予定でいたのですが、永観堂も思いのほか早く出られて、お昼ごはんも食べることができました。 12時半くらいに圓光寺に到着しました。 圓光寺も敷きモミジで有名ですがきれいな白砂の庭をはじめに見ました。 奔龍庭 龍が奔り 雲海が煌めく。渦を巻き、様々な流れを見せる白砂を雲海に見立て、天空を自在に奔る龍を石組であらわした奔龍庭は、平成の枯山水です。 十牛之庭 牛を追う牧童の様子が描かれた「十牛図」を題材にして、近世初期に造られた池泉回遊式庭園です。十牛図に描かれた牛は、人間が生まれながらに持っている仏心をあらわしています。牧童が禅の悟りにいたるまでの道程であり、懸命に探し求めていた悟りは自らの中にあったという物語です。庭園南側には洛北最古の泉水、栖龍池があります。 モミジの中でほほ笑むお地蔵さまがかわいらしい 応挙竹林 圓光寺の竹林から眺める洛北一望の景色は絶景であると近世の書物にあります。この竹林を訪れた若き絵師円山応挙は、後年この竹林をモチーフにした「…

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京都旅行記 永観堂2

永観堂とは、浄土宗西山禅林寺派の総本山。正式名称を禅林寺といい、853年に空海の弟子「真紹」が開山しました。 広いお庭には約3000本の紅葉やカエデ、イチョウと色とりどりの紅葉・黄葉が楽しめました。 落ちているモミジもいいなぁと思いました 放生池(ほうじょうち) 空と木々が水鏡に映るのもいいものです。 晴れててよかった~~~と何枚も写してしまいました。 橋のふもと右側に哲学者のような顔をしたアオサギさんがいました いつまでも撮影していたかったけれど、予定があるので次へ移動。

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京都旅行記 12月4日 南禅寺~永観堂

4日は予定しているものが午後から2件あり、その時間に間に合うように行動。 4日はいいお天気でしたが、時折曇りになり吹く風がとても冷たい。寒い日でした。 午前中に南禅寺から永観堂に行きました。 南禅寺の大きな山門の後ろに広がるモミジ。きれいです。 南禅寺というと水路閣が有名ですが、今回は立ち寄らず。 混雑の少ないうちに永観堂に移動です。 白壁と紅葉がきれいでした。 拝観料を払い中へ。 靴を脱いで大玄関から中に入り広いお堂を渡り廊下をつたって歩きます。 靴下だけでは足先から冷えてきて、冷え対策をしていなかったことがちょっと失敗^^; 寺宝は撮影禁止でした。 勅使門を中側から写しました。 掃き清められた白砂が美しい 渡り廊下をモノクロで。 国宝・重文の見かえり阿弥陀像などを見られました。

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京都旅行記 大原~八坂の塔

宝泉院にきれいな花手水がありました。 しばし庭園を散策。 ドウダンツツジが真っ赤です 大原から再びバスに乗り戻りました。 バス停に戻るとすぐバスが来て待たずに乗れてラッキー 南座の前を通ります 八坂神社から八坂の塔へ。 (写真の順番が逆ですが、これは夕暮れの八坂神社) 八坂の塔の付近は海外からの人も多く、みんな撮影していました。 産寧坂や二年坂を歩くとすぐ清水寺ですが、今回は清水寺には行かず、お目当てのお土産屋さんに立ち寄りしばしショッピングタイム 店を出るとすっかり夕暮れになっていました。 しつこいですが、また八坂の塔へ。 幻想的なシーンに何枚も写してしまう

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京都旅行記 宝泉院

三千院を出てお昼ごはん。 近くの茶屋で頂きました。 ご飯特集はまた後日 紅葉を見ながら宝泉院へ。 大原女のかわいい像 宝泉院 日本音楽の源流といわれる「声明(しょうみょう)」の発祥地、来迎院と並ぶ勝林院部の寺で、実光院とともに創建された。本尊は阿弥陀如来で、ほかに観音菩薩、勢至菩薩などが祀られている。伏見城中で自決した徳川の武将達の供養のため、自決の場の床を天井にした桃山城血天井がある。 庭園には樹齢五百年を越えている、近江富士をかたどった天然記念物の五葉松がある。庭園は、書院を囲む、池の形が鶴、築山が亀、山茶花の古木を蓬莱山 とみた鶴亀庭園と客殿の西方を柱と柱の空間を額に見立てて鑑賞する額縁庭園 盤桓園がある (大原観光保勝会HPより) 囲炉裏がありました。 書院では「額縁の庭園」と呼ばれる庭園の五葉松を見ながらお茶とお菓子をいただけます。 この手水の横に竹筒が差してあり、水琴窟の涼やかな音が聞こえました。

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京都旅行記 大原三千院2

三千院は延暦年間(782‐806)に伝教大師最澄が比叡山東塔南谷(とうとうみなみだに)の山梨の大木の下に一宇を構えたことに始まります。 その後、慈覚大師円仁に引き継がれ、最雲法親王入室により、平安後期以降、皇子皇族が住持する宮門跡となりました。 寺地は時代の流れの中で、比叡山内から近江坂本、そして洛中を火災や応仁の乱などにより幾度か移転し、その都度、寺名も円融房、梨本坊、梨本門跡、梶井宮と呼称されてきました。 明治4年、法親王還俗にともない、梶井御殿内の持仏堂に掲げられていた霊元天皇御宸筆の勅額により、三千院と称されるようになりました。 明治維新後、現在の地大原に移り「三千院」として1200年の歴史を紡いでいます。 明治4年、法親王還俗にともない、梶井御殿内の持仏堂に掲げられていた霊元天皇御宸筆の勅額により、三千院と称されるようになる。 明治維新後、現在の地大原に移り「三千院」として1200年の歴史をつないでいる。 (以上 三千院HPより) 三千院の宸殿などは撮影禁止でした。 有清園(ゆうせいえん) 敷きモミジがとてもきれいでした。 宸殿のところから庭園に降りて歩きました。

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京都旅行記 大原三千院

大原三千院に入ります。 この山門も去年は海外の観光客がひっきりなしに撮影をしていて人のいない瞬間が少なかったですが、今年はひっそり。 大陸からの旅行客がいないからか、本当に静か。 そしていつまでも同じ場所で撮影する人がいないので、撮影していてもストレスが少なく済みました。 障子が開いているところからモミジが畳に。 なんかいい感じ 池に浮かぶモミジの葉と枝の紅葉

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京都旅行記 12月3日 大原へ。

12月3日から5日、2泊3日で京都へ行ってきました。 姉と姉の友達と私。3人の恒例行事。 しばし京都旅行記にお付き合いくださいね。 3日は朝8時ちょっと前の新幹線。 10時半前に京都に到着。ホテルに荷物を預けて観光開始。 地下鉄とバスを乗り継いで大原へ。 運よく地下鉄のホームに降りたら電車がすでに到着していて急いで乗りました。そのおかげで大原行のバスにもスムーズに乗れました。 電車に乗り遅れたらバスも1本遅れてタイムロス。 うまく乗り継げてラッキー。 大原に到着しました。 大原女の小径を周りの景色を見ながら三千院経向かいました。 見上げたもみじ。足元にもモミジ コケの上に落ちたもみじは赤や黄色と緑のコントラストがきれいって思いました。 大原はモミジの盛りからはそろそろ終わりになっていました。 というか、全体的にどこも盛りが過ぎていました。 去年も同じくらいの日程で京都へ出かけましたがその時のほうがきれいでした。

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思い出あれこれ

昨日、同窓会での小学校校歌を歌ったと書きましたが、皆さんは小・中・高校と校歌覚えているでしょうか? 私は小学校はみんなで記憶を合わせながらなんとか歌えました。 中学校は何となく覚えているようないないような・・・・・ 高校も一部のフレーズは覚えているけれど、全部は歌えないかも。 なんて思いました。 あと、群馬の小学校の運動会はおそらく県内全部でチーム分けが紅組・白組のような色分けではなく 「赤城団」「榛名団」「妙義団」の3つのチーム分け。 チームカラーは赤城団はもちろん赤。 榛名団が白、妙義団が青でした。 小学校4年生から6年生が3つのチームに分かれて競いました。 団ごとに応援歌もあり(応援歌は3つとも曲が同じで歌詞がそれぞれ違っていました。) リレーなどの前に歌を歌っていました。 そんな話も同窓会で出ました。 地元の銀行に勤めた同窓生の1人が草津勤務だった時、草津の小学校は「赤城」「榛名」「白根」だったといっていました。 ちょっと違いますね。 それから群馬県人ならだれでも知っている「上毛かるた] 小学校でお正月明けにかるた大会がありました。 懐かしい思い出話でした。

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クロアチア&スロベニア旅行記 番外編3

11月の月末の土日は地元群馬で中学校の同窓会。 中学校は5つの小学校からの統合中学で、1学年6クラス。240人くらいいました。 地元に残った人たちのおかげで何度か同窓会も行われました。 年々出席する人も少なくなって今回は30人ちょっとしか集まらなくてこじんまりしていましたが、それでも今回初めて出席した人もいて、楽しくて懐かしい時間を過ごしました。 同窓会だけだったので今回もカメラは持参せずです^^ そのため再びクロアチア&スロベニア旅行記の番外編を。 ポストイナ鍾乳洞 ポストイナ鍾乳洞では、最初と最後の2キロをトロッコ列車で、途中の約1.5キロを徒歩で見学します。トロッコ列車は約10分間運行され、洞窟の奥深くへ進みます。その後、徒歩で鍾乳洞の最も見ごたえのある区間を巡ります。全体の所要時間は約1.5時間で、ツアーはスロベニア語、英語、ドイツ語、イタリア語で行われています。 スパゲティと呼ばれる鍾乳石 もっとも白い鍾乳石は「ブリリアント」と呼ばれています。 石筍 ポストイナ鍾乳洞も紹介していないものがたくさんありました。

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江戸川夕景2

市川側に戻ってきました。 スカイツリーと横に小さく富士山が見えます 標準レンズなので小さいですがスカイツリーと富士山 これからの季節、すっきり晴れた夕暮れならスカイツリーと富士山がよく見えるようになります。

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